医療施設における清潔な洗面台と日常的な使用環境

見えない場所から始まる院内感染リスク

院内感染対策というと、手指衛生や環境表面の清掃、消毒作業の徹底がまず想起されます。
これらは医療現場において不可欠であり、多くの施設で高い水準で運用されています。

一方で、十分な対策が行われているにもかかわらず、
特定の場所を起点として感染リスクが繰り返し指摘されるケースも少なくありません。

その背景には、日常的な運用だけでは把握しにくい
設備構造に起因する要因が存在します。

一見清潔に見える排水口の盲点

病室や処置室の洗面台、床排水口は、常に水が流れ、見た目にも清潔に保たれているように見えます。
そのため、感染対策の議論では、手指接触面や環境表面に比べて優先度が下がりやすい傾向があります。

しかし、排水設備の内部、とりわけ排水トラップ(サイフォン)の中は、
外部から直接確認することができません。

見える範囲が清潔であることと、内部の環境リスクが解消されていることは、必ずしも同義ではありません。

排水トラップ内部で形成される環境

排水トラップは臭気防止のため、常に一定量の水が滞留する構造になっています。
この構造は合理的である一方、微生物が定着しやすい条件も内包しています。

  • 水が滞留しやすい
  • 温度や湿度が比較的安定している
  • 清掃や消毒が内部まで届きにくい

その結果、排水トラップ内部ではバイオフィルムが形成されやすくなります。

バイオフィルムは単なる汚れではなく、微生物が自ら産生する
細胞外高分子物質(EPS)を基盤として、多層構造を形成する集合体です。

この構造により、外部からの消毒、清掃、水流といった処理が内部まで浸透しにくくなり、
表面上の微生物が除去されても、内部構造が残存・再形成されやすい状態が生まれます。

バイオフィルムは、一度形成されると完全な除去が難しく、
同様の環境条件が続く限り、再び形成される傾向があります。

排水口と水流のイメージ(概念)

※ 概念イメージ

なぜ清掃や消毒だけでは不十分なのか

排水口周辺や洗面台の表面を丁寧に清掃することは重要です。
しかし、それは主に自由水中の微生物に対する対応であり、
排水トラップ内部に形成されたバイオフィルムの構造そのものに作用するとは限りません。

対策が作業や頻度に依存している限り、
構造的な再発リスクが残り続ける可能性があります。

運用と構造は分けて考える必要がある

清掃や消毒は院内感染対策として不可欠な要素です。
しかし、排水トラップのように構造そのものがリスク要因を内包している箇所については、
運用とは異なる視点での検討が求められます。

見える清潔さだけではなく、
見えない構造リスクをどう捉えるかが重要な論点となります。

次に考えるべき視点

排水設備に起因する感染リスクは、日々の努力だけでは完全に解消できない場合があります。
なぜ同じ問題が繰り返されるのか。
その背景には、どのような共通点があるのでしょうか。

次回は、排水口由来の感染リスクが再発し続ける理由について、
構造と環境条件の観点から整理します。

筆者について

本コラムは、医療施設における院内感染対策を、
設備・構造の観点から整理することを目的として作成しています。
特定の製品や手法を推奨するものではありません。